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冬美少年とお稲荷さまの噺・其の壱

 


月明かりに照らされた黒髪が、さらりと揺れる。
腕を伸ばして、彼の瞼にかかる髪をそっとよけると、その瞳にはいつもの光がない。
陶器のような肌に指を滑らせ、そっと撫でると、彼は困ったように笑った。

こうして彼と共に夜を過ごすのは何度目のことか。
肌を寄せ合い、微かな吐息や高鳴る胸の鼓動や触れ合った箇所から温もりを感じる度に心が満たされていく。

若干齢16の子どもを攫って、このような場所で囲っていることに対して罪悪感が無いわけでは無かった。
しかし、彼……このジュンという人間の子どもの側は不思議と心地がいい。
ただの世間知らずの箱入り坊ちゃんだと、仲間は言うが、そんなことはどうでもよかった。

魂からジュンを求めていた。
一目見た瞬間、この人間の子どもが欲しいとナツキは思ったのだ。
あろう事か、神……"稲荷神"という身分である自分が、人間の子どもに恋をしてしまうなんて。


稲荷神である立場を利用して、ジュンを側に置いていること。
神に見初められることを拒む人間などいない。神の機嫌を損ねようものなら、その年は不作に見舞われ、大飢饉となってしまうからだ。

村では神隠しが起きたと騒ぎになっていることをジュンは知らないのだろう。
ジュンは何も知らないままここに連れて来られ、既に半年もの間、こうして軟禁されている。

 

「ナツキ?」

「……今日は冷えるね。」

「あぁ、確かに……そうかも。ちょっと寒い。」


人間という生き物は、暑さや寒さに弱いのだと聞いたことがある。自分はどんな気候にも順応できるが、人間はなんとも不便な体の造りをしている。
特にジュンは見るからにやわで細っこく、直ぐに駄目になってしまいそうだ。だからこそ、繊細で美しいとも感じる。

ナツキは、ジュンの手が特別好きだった。
身なりに合わせた小さな手。ナツキの1回り、いや2回りは小さいのではないだろうか。
爪は綺麗に整えられ、健康的な色をしていることから育ちの良さを感じさせる。
実際、ジュンはいい所の一人息子とのことだった。この年まで大事に大事に育てられてきたのだろう。

 

「……おいで。」


先程以上にジュンに身を寄せ、いつもは必要が無いため仕舞っている尻尾で華奢な体を包み込む。
これで少しは風が凌げるだろう。

ジュンはどうやら体が弱いらしい。
その為、ほとんど家の外に出たことがないと言う。
人間の体のことはよくわからないが、きっと体を冷やしてはいけないのだろう。

 

「暖かい……。尻尾、触っていい?」

「うん……いいよ?」

「ありがとう。ふふ、意外と毛が硬いんだ。」


ジュンは、動物が好きらしい。
自分の周りには色々な小動物が集まってくるが、中でもジュンは猫を一等可愛がっている。
実のところ、それが少し気に食わない。
野良猫はそんな自分の剣呑な雰囲気を感じ取って颯爽と逃げていくが、猫が去っていった後のジュンの寂しそうな表情を見てからは、あまり殺気を放たないようには気を付けている。

ただ、シキと言う名前の化け猫だけは警戒している。
奴は自分の留守を狙ってやってくる、一見ただの人懐っこい猫だ。
今のところは特に悪さをしでかす様子もないが、奴が何を考えているのか分からない、食えない猫である。

 

「なんでナツキは普段は耳と尻尾を仕舞っているんだ?」

「……人間に見つかったら面倒だから。騒ぎにしたくない。」

「あ、そっか。確かに……。」


自分が祀られているのはこの辺りでは唯一の稲荷神社ということで、参拝しにくる人間も少なくない。
実際に自分のことを稲荷神だと認識している人間は神主と呼ばれる老人とジュンくらいだろう。

 

「ジュンは、怖くない?」

「……何が?」

「俺のこと……。人間からすれば、得体のしれない存在だから。」


神と一括りに言っても、日本には八百万もの神がいると言われている。
その中でも稲荷神社は全国にあり、その数だけ稲荷神は存在する。
神の持つ力はその地域の人間の信仰の大きさによって変わり、そういう意味では自分はそれなりに強い力を持っている。

人間の間では、神を怒らせると祟りが起きるとも言われることから、本来なら神とは畏怖の存在。
神職と呼ばれる人間でもない限り、神と関わることなんて普通の人間には有り得ないのだ。


「そりゃあ、最初は怖かったけど。でも、ナツキは僕に危害は加えないから。」

「……そう思う?」

「??だって、現に今だって僕を護ってくれてるじゃないか。」


そう言って、きょとんとした顔で小首を傾げる姿の愛らしいこと。
ぎゅう、と。その細い躰を、俺は壊れ物をかき抱くようにして、抱きしめた。

 

雨の日の恋人・後編

 

ずっと雨が嫌いだった。
湿気で髪のセットに手間取るし、靴や服が濡れて、雨の日は一日最悪の気分になる。
雨の音を聞いているだけで憂鬱だったのに、いつからかそんなに悪くないんじゃないかと思い始めた俺がいた。

きっかけは高校からの付き合いの友人、瀬尾 晴生の一言だった。


『雨の日って、特別なカンジがしない?』

当時は何言ってんだこいつって思っていたけど、今は少しだけその意味が理解出来たような気がする。
それはいまの俺達にとっても、雨の日は特別な日だからだ。

 


「……瀬尾、挿れるよ。」

「ん、ッッ、ァッ……」


夕食を終え、軽くシャワーを浴びたらいつものように瀬尾をベッドへと誘う。
学生時代に始まった関係だったが、今までその誘いを断られたことは1度もなかった。

それまでは、男を相手に抱きたいとかキスしたいなんて考えたこともなかったはずなのに、何故だか瀬尾を前にするとその欲情を抑えることができない。
あいつのアーモンド型の瞳に、あの熱っぽい眼差しで見つめられると期待されているんじゃないかと錯覚してしまう。
無論ただの思い込みに違いないが、俺からすれば瀬尾のそれはタチが悪い。

もしかしたら、俺以外の奴ともこういう関係を持ったことがあるのかもしれないが、そこまで立ち入るのはいけない気がした。
……いや、単に自分が怖くて聞けないだけなのだ。
瀬尾の"特別"が俺だけであって欲しい。勝手だとは知りながらそう願ってしまう。

妻子持ちという立場で、同性の友人と関係を持っている。
しかも、相手は男だ。罪の意識に苛まれはするが、瀬尾はその非にならないくらい心を痛めているだろう。
恐らくあいつは、俺に友情以上の感情を抱いている。それも随分と前から。
それを知っていながら、俺は瀬尾に手を出してしまった。その気持ちに対して答えることもせず、むしろ瀬尾からの好意をいいことに弄ぶかのように。

自分が最低な人間だという自覚はある。俺は選ばなければいけないのだ。
家族と友人。かけがえのない二つを天秤にかける必要がある。

 

「瀬尾……、ごめんな。」


疲れ果てて眠ってしまった友人の頭をそっと撫でる。
瀬尾を見ていると、本来友人に抱く以上の感情……愛おしい、と思う。
いつも笑っていて欲しいとか、自分の知らないところで辛い思いをしていないかとか。
俺だけを見ていて欲しい……とか。

 

「……許されねぇよなぁ、」


望んじゃいけない。こんな関係を続けていることすらおかしいのに。
でも、他の奴がコイツの隣にいることを想像すると、心臓の辺りが重く感じる。

きっと、俺はまたこうして雨の降る夜が来たら瀬尾の元を訪ねてしまうだろう。
やっぱり、雨は嫌いだ。
こんな思いをする位なら、もう何もかもを放り出してしまいたい。
家族も、仕事も、何もかも。
そしたら俺は……。

 

「じゃあな、また……雨の日に。」

 

 

 

雨の日の恋人・前編

 

 

昨朝から降り始めた雨は、今もしとしとと地面を濡らしている。
雨は嫌いじゃない。雫が屋根を叩きつける音が心地いいから。

ただ理由はそれだけではない。
実のところは、雨の日になると決まって訪れる客人が待ち遠しいのだ。


----ピンポーン、

 

ドアホンの音が鳴ると、俺はガスコンロの火を止め、たったいまやってきた客人を招き入れるため玄関へと向かう。
ドアを開けると、スーツ姿の男が肩を濡らしてにへら、と笑って立っていた。


「よぉ。」

「久しぶり。」

 

彼……須崎は、高校時代の同級生だった。
一緒につるんでいたうちの1人で、須崎とはその中でも一番気が合った。
奴はひょうひょうとしており掴みどころがなく、そんなところが適当人間な俺とマッチしていたんだと思う。
顔立ちは二枚目で学生時代から髪を明るく染めていたせいか一見遊び人のような風貌だったが、現在は暗めの茶髪位の色に落ち着いている。

現在、須崎は大手の広告代理店で働いているらしい。オフィスがうちの近くで、雨の日になるとこうして雨宿りをしていくのがお決まりのパターンになっていた。
何故、雨の日だけなのかというと、須崎は既婚者だから。家には嫁とまだ1歳になったばかりの娘がいる。

普段は家族が待つ家に帰らなければいけないが、雨の降る日だけはこうして俺の家を訪れるのだ。
何のために?……SEXをするために。
須崎と俺は、いつからか所謂セフレという間柄になっていた。

 

「外さみぃわ。今日、メシなに?」

「俺もさっき家に帰って来たとこで。適当に鍋にするかなって。チゲ鍋。」

「いーね。最高。」


途中のコンビニで買ってきたのだろう缶ビールとつまみの入ったビニール袋を机の上に置き、ソファに腰を下ろす。
俺は雨で濡れたコートを受け取り、ハンガーにかけるとキッチンに戻り再び鍋に火をつける。
野菜が煮えたら最後に豆腐を入れてまた待つだけ。鍋は簡単だが、1人暮しだとまず作らない。一人分作るのも手間だし、余らせて暫く同じ物を食べなくては行けないのが苦痛だからだ。

リビングからは須崎がテレビを見ているようで、バラエティ番組か何かの音声が流れている。
すっかり自分の家のようにくつろいでいるのも当然、須崎は大学時代には毎日のようにうちに居座っていたからだった。
その頃は猿みたいに毎日ヤリまくっていたっけ。あの頃は若かった。

 

「お待たせ。ほら、メシにしよ。」

「はいはーい、んーうまそーだ。」


先程までソファに寝転がっていたが、鍋が食卓へ並ぶのを見て待ってましたとばかりに一目散に駆け寄ってくる。
見た目は細く見えるが、須崎はこう見えてよく食べる。だから須崎がうちに来る時は4人前位の量で丁度いい。

 

「「いただきます。」」


二人で手を合わせて鍋をつつく。
寒い日の鍋も、仕事終わりのビールも最高に美味かった。
でも、それだけじゃなくて、須崎と一緒に食べるから美味しいんだってことは本人には言わないでおく。

この関係に依存しているのは俺だけで、須崎はきっと男同士で交わる快感を忘れられないだけだろう。
学生時代の過ちが無ければ、いまこうして二人で食卓を囲む未来なんて無かった。
俺達はただの友人。そして、須崎には大切な家族がいるのだから。

だから、この気持ちは須崎に伝えちゃいけない。あいつが幸せなら、苦しくても俺は墓場にまで持っていく。
ただ……こうして時々、雨の降りしきる夜にだけ傍にいられれば。
それだけで、俺はこの先なにがあってもやっていける。